10年ほど前に、日記を書いてウェブサイトに載せていこうという授業を行いました。
日々の情報をWEB上に載せていくことの意義を感じて始めました。
その後、あという間にさまざまな情報発信ツールが出てきました。
そのツールの充実度もどんどん増してきています。
何をどう活用すればよいのか迷い
溺れないように何とか泳いでいこうと思い、
そして、さまよっています。
あれやこれやと考えているうちに
ブログを書くことができなくなりました。
アクセス数の乏しいブログなので
更新しようがしまいが誰が気にするものでもないので
どうでもよいことなのですが
しばらくはtwitterとfacebookのみを活用していくことにします。
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SKYtamagoroのつぶやきをご覧ください。
そして
さらに
もし
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2013年4月13日土曜日
2013年2月19日火曜日
活動そのものに 熱中し 楽しみ 面白がる
街づくりとか、町おこしという言葉があるが、
街は楽しむものなのだと思う。
多くの人が楽しみ、面白がるようになると、その街(町)は活気づく。
仕事も、勉強も、そもそも生きることも、
楽しみ面白がって取り組む姿勢こそが重要なのだと思う。
それにより熱中して取り組むことになり、実作業はつらくとも、
楽しみや面白さが増していくことになる。
街をつくったり、おこしたりすることを目的にしてはならない。
仕事も、勉強も、人生も、面白いものが元々あると誤解してはならない。
デフレであろうとインフレ傾向であろうと、そういう経済の動向とは関わりなく、
常に、活動そのものに熱中し、そして楽しみ、面白がるという姿勢で臨もう。
と このごろ強く思っています。
街は楽しむものなのだと思う。
多くの人が楽しみ、面白がるようになると、その街(町)は活気づく。
仕事も、勉強も、そもそも生きることも、
楽しみ面白がって取り組む姿勢こそが重要なのだと思う。
それにより熱中して取り組むことになり、実作業はつらくとも、
楽しみや面白さが増していくことになる。
街をつくったり、おこしたりすることを目的にしてはならない。
仕事も、勉強も、人生も、面白いものが元々あると誤解してはならない。
デフレであろうとインフレ傾向であろうと、そういう経済の動向とは関わりなく、
常に、活動そのものに熱中し、そして楽しみ、面白がるという姿勢で臨もう。
と このごろ強く思っています。
2013年2月9日土曜日
立ち位置を決めるために この2冊
移行期的混乱
平川克美 氏 著 ちくま文庫
僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか
荻上チキ 氏 著 幻冬舎新書287
平川氏は1950年生まれ
荻上氏は1981年生まれ
世代の異なるお二人が、それぞれの著書で、
世に示されているデータをしっかりと読み取り、
冷静にこれからの社会のあり方を考えるために姿勢を教えてくれています。
雰囲気に流されないためにどうすればよいかということを教えてくれています。
端的な答えがあるわけもなく、そういう答えが書かれてはいませんが、
経済成長をしていかなければならないような妄想から解き放ってくれます。
信念を持って書かれていると感じさせられる2冊です。
平川克美 氏 著 ちくま文庫
僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか
荻上チキ 氏 著 幻冬舎新書287
平川氏は1950年生まれ
荻上氏は1981年生まれ
世代の異なるお二人が、それぞれの著書で、
世に示されているデータをしっかりと読み取り、
冷静にこれからの社会のあり方を考えるために姿勢を教えてくれています。
雰囲気に流されないためにどうすればよいかということを教えてくれています。
端的な答えがあるわけもなく、そういう答えが書かれてはいませんが、
経済成長をしていかなければならないような妄想から解き放ってくれます。
信念を持って書かれていると感じさせられる2冊です。
2012年12月6日木曜日
『逆システム学』 これからの日本を考えるヒントをくれる一冊
逆システム学
金子勝 氏 児玉龍彦 氏 著
岩波新書875
約10年前の2003年に書かれた本です。
それでも、今、2012年においても、この本は、
これからの日本がどこに向かえばよいかという
その方向性についてのヒントを与えてくれます。
経済学と医学の二つの視点から書かれていて、
その二つで示されている考え方の共通項が浮かび上がらせてくれています。
そのため、より活発に考えを巡らせることができます。
いろいろなことは、単純明快に割り切れるものではなく、
割り切った形の考え方や対処の仕方では、うまく対応できないことを分からせてくれます。
総選挙前に、
これからの日本について考える際の大いなる助けになる一冊です。
金子勝 氏 児玉龍彦 氏 著
岩波新書875
約10年前の2003年に書かれた本です。
それでも、今、2012年においても、この本は、
これからの日本がどこに向かえばよいかという
その方向性についてのヒントを与えてくれます。
経済学と医学の二つの視点から書かれていて、
その二つで示されている考え方の共通項が浮かび上がらせてくれています。
そのため、より活発に考えを巡らせることができます。
いろいろなことは、単純明快に割り切れるものではなく、
割り切った形の考え方や対処の仕方では、うまく対応できないことを分からせてくれます。
総選挙前に、
これからの日本について考える際の大いなる助けになる一冊です。
2012年11月27日火曜日
選挙の投票前に読んでおきたい『経済学に何ができるか』
経済学に何ができるか
猪木武徳 氏 著
中公新書2185
何か端的な答えが書かれているわけではありません。
経済学という学問が、実社会のあり方とどのように関わるものなのか
ということについて書かれています。
この本は、単に経済学について述べられている本ではありません。
筆者は、経済学が対象とする社会そのものの在り方について、
さまざまな視点から考察されています。
その考察の中で、経済学との関わりが示されています。
現在、衆議院の総選挙前に、
各党、各候補者の主張することがらが報道されています。
ある判断を下す際に、
雰囲気にのまれることなく、自分自身でしっかり考えたいと思うのであれば、
この『経済学に何ができるか』のような本を読んでおくべきだと思います。
〇か×かというような単純な割り切りで判断することが難しい状況の社会で、
次に進む方向を見出してくためには、
この本に書かれているようなことがらについて、
みんなが考えなければならないと思います。
猪木武徳 氏 著
中公新書2185
何か端的な答えが書かれているわけではありません。
経済学という学問が、実社会のあり方とどのように関わるものなのか
ということについて書かれています。
この本は、単に経済学について述べられている本ではありません。
筆者は、経済学が対象とする社会そのものの在り方について、
さまざまな視点から考察されています。
その考察の中で、経済学との関わりが示されています。
現在、衆議院の総選挙前に、
各党、各候補者の主張することがらが報道されています。
ある判断を下す際に、
雰囲気にのまれることなく、自分自身でしっかり考えたいと思うのであれば、
この『経済学に何ができるか』のような本を読んでおくべきだと思います。
〇か×かというような単純な割り切りで判断することが難しい状況の社会で、
次に進む方向を見出してくためには、
この本に書かれているようなことがらについて、
みんなが考えなければならないと思います。
2012年11月14日水曜日
短大はコストパフォーマンスの高い軽自動車?
最近のテレビのCMでは、
自動車の中でもとりわけ軽自動車が多く見受けられる気がします。
燃費効率、価格を考えると小型化している分、
軽自動車はとてもコストパフォーマンスの高い車です。
電気自動車に比較するとガソリン車の燃料効率は悪く、
それに勝つことはできませんが、
車両価格まで考えると、軽自動車のコストパーフォーマンスは、
十分、電気自動車と勝負できるものです。
高速道路をぶっとばすというようなことなく、
街乗り用のコンパクトな移動手段として利用するなら、
軽自動車で十分というか、軽自動車が最適かもしれません。
短大は、教育機関の軽自動車的な存在だと言えます。
生きていくための知恵を身につけるのであれば十分です。
2年間で生きていくきっかけを得られることを考えると、
とてもコストパフォーマンスの高い教育機関です。
じっくり、しっかり研究活動に取り組みたい、
学問の探究をしてきたいという人には、
四年制大学、さらには大学院へと進学して学ぶことが必要なのかもしれません。
でも、そうでないのであれば、
コストパフォーマンスの高い短大は、進学先の候補として検討する価値ありです。
今日は短期大学のシンポジウムに参加して、
そんなことをさらに考えてきたいと思っています。
自動車の中でもとりわけ軽自動車が多く見受けられる気がします。
燃費効率、価格を考えると小型化している分、
軽自動車はとてもコストパフォーマンスの高い車です。
電気自動車に比較するとガソリン車の燃料効率は悪く、
それに勝つことはできませんが、
車両価格まで考えると、軽自動車のコストパーフォーマンスは、
十分、電気自動車と勝負できるものです。
高速道路をぶっとばすというようなことなく、
街乗り用のコンパクトな移動手段として利用するなら、
軽自動車で十分というか、軽自動車が最適かもしれません。
短大は、教育機関の軽自動車的な存在だと言えます。
生きていくための知恵を身につけるのであれば十分です。
2年間で生きていくきっかけを得られることを考えると、
とてもコストパフォーマンスの高い教育機関です。
じっくり、しっかり研究活動に取り組みたい、
学問の探究をしてきたいという人には、
四年制大学、さらには大学院へと進学して学ぶことが必要なのかもしれません。
でも、そうでないのであれば、
コストパフォーマンスの高い短大は、進学先の候補として検討する価値ありです。
今日は短期大学のシンポジウムに参加して、
そんなことをさらに考えてきたいと思っています。
2012年11月11日日曜日
大学が増えて、大学生の学力が低下したという話について
大学設置のニュースが、この1週間の話題の一つとなりました。
大学が増えすぎた、それによって大学生の質が低下しした。
そのため、これ以上、安易に大学を増やしてはならない。
そのことについての是非が取りざたされました。
大学の数が増え、大学への進学者の割合が増えたために、
これまで大学に進学しなかったタイプの高校生が大学へ進学することになっています。
学問を探究するという目的意識や知力の乏しいタイプの高校生が、
より多く大学へ進学することになっている可能性が大いにあります。
でも、そういうタイプの高校生が大学へ進学して学ぶことは無駄ではありません。
長い人生、ものを考えて生きていくための知力を磨くために大学で学ぶことは、
大いに意義あることです。
学問を探究する、基礎研究にじっくり取り組んでいく、先端的な研究を進めていく、というように
研究へと向かう取り組みを目的にしない大学進学者数が増えています。
そういう進学者を受け入れる大学は、
研究に向かう人を育てるのではない機能を持つ必要があります。
大学の役割の一つとして就職率が取りざたされるのは、
その機能の一つが、学生を就職できるような人材にするということであると考えられているからです。
大学教育に投下される税金を以下に抑えるかということを考えると、
いたずらに大学が増えることは望ましくありません。
しかし、平均寿命の長い時間軸でとらえると、
高校を卒業生後に、さらに学ぶ機会を多く提供できることは、
国民全体の知力を上げていくことにつながります。
ものを考えていく生きていくための知力を磨くことの大学、
この数が多くなり、大学進学者の割合が増えても良いと私自身は、考えます。
ただし、そういう役割を果たせているかどうかを大学運営者は考えなければなりません。
さて、ここで、短大について触れておきます。
高校を卒業して、すぐに働き始めるのではなく、
また、研究することを目指して大学に進学するのでもなく、
ものを考えて生きていく知力を磨きたいということのための進学先を求める場合、
その役割を担うことができる短大があれば、
それは進学先の有力候補となります。
高校卒業後、2年間の修学期間で社会に出ることができる短大は、
そういう役割を適切に果たすことができる教育機関となりえます。
私自身は、
短大よりは四年制の方が就職にとっても良いのだろうという思い込みを払拭し、
現時点でも十分にその役割を果たすことができている短大が、
自らの存在理由を示していかなければならないと考えています。
研究者になることを目指したいと思っているわけでなく、
社会に出る前に知力を磨きたいという人には、
4年間もいらないから、コストパフォーマンスの高い2年間で卒業できる短大へ
どうぞお越しください、とお招きしたいと思います。
大学が増えすぎた、それによって大学生の質が低下しした。
そのため、これ以上、安易に大学を増やしてはならない。
そのことについての是非が取りざたされました。
大学の数が増え、大学への進学者の割合が増えたために、
これまで大学に進学しなかったタイプの高校生が大学へ進学することになっています。
学問を探究するという目的意識や知力の乏しいタイプの高校生が、
より多く大学へ進学することになっている可能性が大いにあります。
でも、そういうタイプの高校生が大学へ進学して学ぶことは無駄ではありません。
長い人生、ものを考えて生きていくための知力を磨くために大学で学ぶことは、
大いに意義あることです。
学問を探究する、基礎研究にじっくり取り組んでいく、先端的な研究を進めていく、というように
研究へと向かう取り組みを目的にしない大学進学者数が増えています。
そういう進学者を受け入れる大学は、
研究に向かう人を育てるのではない機能を持つ必要があります。
大学の役割の一つとして就職率が取りざたされるのは、
その機能の一つが、学生を就職できるような人材にするということであると考えられているからです。
大学教育に投下される税金を以下に抑えるかということを考えると、
いたずらに大学が増えることは望ましくありません。
しかし、平均寿命の長い時間軸でとらえると、
高校を卒業生後に、さらに学ぶ機会を多く提供できることは、
国民全体の知力を上げていくことにつながります。
ものを考えていく生きていくための知力を磨くことの大学、
この数が多くなり、大学進学者の割合が増えても良いと私自身は、考えます。
ただし、そういう役割を果たせているかどうかを大学運営者は考えなければなりません。
さて、ここで、短大について触れておきます。
高校を卒業して、すぐに働き始めるのではなく、
また、研究することを目指して大学に進学するのでもなく、
ものを考えて生きていく知力を磨きたいということのための進学先を求める場合、
その役割を担うことができる短大があれば、
それは進学先の有力候補となります。
高校卒業後、2年間の修学期間で社会に出ることができる短大は、
そういう役割を適切に果たすことができる教育機関となりえます。
私自身は、
短大よりは四年制の方が就職にとっても良いのだろうという思い込みを払拭し、
現時点でも十分にその役割を果たすことができている短大が、
自らの存在理由を示していかなければならないと考えています。
研究者になることを目指したいと思っているわけでなく、
社会に出る前に知力を磨きたいという人には、
4年間もいらないから、コストパフォーマンスの高い2年間で卒業できる短大へ
どうぞお越しください、とお招きしたいと思います。
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