面白半分という言葉は、中途半端に共通するダメなイメージが伴う。
では、面白がってはいけないのかというと、そうではなくて、
もっと面白がらなくてはいけないものだと捉えたい。
「面白全て」
この心意気でいきたい。
遊びであろうが、仕事であろうが、
自分自身が関わっていくことに対して、
すべてを面白がる姿勢でありたい。
面白くない。つらい。退屈だ。などと感じているとき、
自分自身が「面白全て」の姿勢で臨んでいないことを
まずは疑ってみた方がいい。
で、この「面白全て」の心意気を持つこと
これというのが、
三昧の境地にあるということなのかもしれない。
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